高知

高知

台風の接近に伴う暴風雨の中で、飛行機は高知に飛び立った。30年以上も前、アムステルダム経由でスペインに向けて飛び立った、あの晩の成田空港の記憶を辿った。あの頃はまだ、アンカレッジを経由していたのを思い出した。けれどあの時の自分はもうどこにもない気がした。アムステルダムの空港で、右も左も分からず、早朝の眠気の中で、ぼんやりとした空港の姿が、高知に向かう飛行機の外、激しさを増す暴風雨の中に浮かんだ。目の前から雨と風が消えた、バルセロナのGran Via 通り、タクシーの中から見えた建物に、映画の中にいるような錯覚に襲われた自分を取り戻した。5月の新緑と光が眩しい季節だった。あの光が目の前に映った気がした。けたたましい程のジェットエンジンの音が、今の自分を意識させた。
殴りつけるような雨。
目に見える激しい風。
滑走路を滑るようにして突き進む飛行機は、遠い記憶を新しい記憶に置き換えた。厚い白い雲を抜けた後で、もうすべては過去なのだと分かった。
10月の初日、高知は夏のように暑く晴れ渡っていた。
空港から街の中心まで、コロナ禍での旅への特別な感情もなかった。その感情は、傾き掛けた日差しの中で、街の純粋さと素朴さに触れまで続いた。街の純粋さに心が惹かれ感傷的な位の旅情が生まれた。
高知は飾り気のない、純粋な街だ。
現在という時間を過去に戻してくれるような市電に乗った。昭和時代の市電の車中に響くガタガタという音が、過去が最も新しい現在なのだと伝えている気がした。それは、コロナ禍の世界でどうなるという憂いより、新しい適応と生きるしかないのだと。
陽が沈んだ後、真っ暗になった市電の終点から、海を見ようとしたが見えなかった。明日、桂浜に行き、台風が去った晴れ渡る海を見るからとその場は諦めた。
ホテルの部屋に戻った。この街には、GMTの針を持つ時計と来た。GMTの針と時針は、成田空港からずっと同じ時間を示している。両方の針は、高知でも同じ時間を刻んでいる。それは、過去も現在も同じ時間であると暗示しているようだった。
ただ、高層階のホテルから見える真っ黒い色の夜の海は、過去も、現在も、未来もなく、ただただ純粋な時間があるだけだった。高知から見る海は、時計から、すべての針を奪い取った姿であるような気がした。

2021年10月1日 高知

高知

台風の接近に伴う暴風雨の中で、飛行機は高知に飛び立った。30年以上も前、アムステルダム経由でスペインに向けて飛び立った、あの晩の成田空港の記憶を辿った。あの頃はまだ、アンカレッジを経由していたのを思い出した。けれどあの時の自分はもうどこにもない気がした。アムステルダムの空港で、右も左も分からず、早朝の眠気の中で、ぼんやりとした空港の姿が、高知に向かう飛行機の外、激しさを増す暴風雨の中に浮かんだ。目の前から雨と風が消えた、バルセロナのGran Via 通り、タクシーの中から見えた建物に、映画の中にいるような錯覚に襲われた自分を取り戻した。5月の新緑と光が眩しい季節だった。あの光が目の前に映った気がした。けたたましい程のジェットエンジンの音が、今の自分を意識させた。
殴りつけるような雨。
目に見える激しい風。
滑走路を滑るようにして突き進む飛行機は、遠い記憶を新しい記憶に置き換えた。厚い白い雲を抜けた後で、もうすべては過去なのだと分かった。
10月の初日、高知は夏のように暑く晴れ渡っていた。
空港から街の中心まで、コロナ禍での旅への特別な感情もなかった。その感情は、傾き掛けた日差しの中で、街の純粋さと素朴さに触れまで続いた。街の純粋さに心が惹かれ感傷的な位の旅情が生まれた。
高知は飾り気のない、純粋な街だ。
現在という時間を過去に戻してくれるような市電に乗った。昭和時代の市電の車中に響くガタガタという音が、過去が最も新しい現在なのだと伝えている気がした。それは、コロナ禍の世界でどうなるという憂いより、新しい適応と生きるしかないのだと。
陽が沈んだ後、真っ暗になった市電の終点から、海を見ようとしたが見えなかった。明日、桂浜に行き、台風が去った晴れ渡る海を見るからとその場は諦めた。
ホテルの部屋に戻った。この街には、GMTの針を持つ時計と来た。GMTの針と時針は、成田空港からずっと同じ時間を示している。両方の針は、高知でも同じ時間を刻んでいる。それは、過去も現在も同じ時間であると暗示しているようだった。
ただ、高層階のホテルから見える真っ黒い色の夜の海は、過去も、現在も、未来もなく、ただただ純粋な時間があるだけだった。高知から見る海は、時計から、すべての針を奪い取った姿であるような気がした。

2021年10月1日 高知