見せかけの恋

見せかけの恋

光が時の中に滲み始めた午後、前触れもなく海からの風が止まった。
波が近くから消えてゆき、遥か彼方の地平線にしか残っていなかった。
遠くに白く波立つ、最後のひとかけらが、遠くに雲の作った影と一緒に消えて行った。
波のない海の前、二人、淡い口づけの後、切なくて、苦いような恋心を引きずった。
愛しているとか、愛していないとか、何度言い合いをしてもまた、いつもの場所に戻っていた。答えを知っているプロセスに、お互いがお互いの気持ちを確かめているようだった。
淡い口づけをするまでの確かめ合い。やがて、彼はその時間が切なくなった。
「愛している。」
彼は、そう告げた。
「私も愛しているわ。」
彼女もそう告げた。
まるで、変えては決してならない科白の同じ台本を二人持っているようだった。
そう言ってから、唇を重ねる、二人はそれでしか気持ちを確かめる手段をなくしているようだった。
彼は、自分の気持ちの中に曖昧さが生まれてきたと思った。そして、その曖昧さが形になる前の抽象を心の中で比べた。
彼は、自分の中で感じている何かが、自分とは違う存在となり、遠くなっていると感じた。
やがて、音を立てて作り上げるように自分という存在が構造的になった。次第に感情がその構造に取り組まれ曖昧さが形に変わった。
その構造上のどこかに、自分ではない存在があるのを知った、そしてそこに彼女がいる気がした。
自分だからという理由だけで、自分の中にすべてを見出してきたけれど、彼女という存在を自分の中の構造上にない外にあることを知った。外から彼女の感情性を受け入れてきたのだと思い始めた瞬間、中にあると見せかけていたその存在は、本当は外にあると確信した。
彼は、彼女の体を離した、海を見た。光が眩しかった。遠くに自分の感情がある気がした。
海に波は消えていた。
彼は、必死に波を探した。白い色は、海の一面になかった。
風は、舞い戻ってくる気配もなかった。
彼女の目を見た。彼は、本当に愛し合っているかなと思った。外に築かれていた関係に、擦れ違いを感じた。本当に、恋してきたのかなと感じた。出会って、恋をして、一緒になって。あの時感じた感情のままなのかと疑った。余りに、単純な男と女の出会いと感情性は跡形もなかった。なんだか、複雑な感情性が錯綜していた。
そう思った時、それ以上彼女の目を見る事は出来なくなった。自分の心の中を見抜かれたくないと感じた。
白い波は見せかけのような気がした。風は、嘘を吹き込む唯一の手段のような気がした。

あの遠い日から、風は海から去り、白い波を彼方に連れ去っていた。
彼は、旅に出ようと心に決めた。
降り注ぐ光、海に風があって、白い波が揺れる、そんな海のある街に行こうと思った。




見せかけの恋

光が時の中に滲み始めた午後、前触れもなく海からの風が止まった。
波が近くから消えてゆき、遥か彼方の地平線にしか残っていなかった。
遠くに白く波立つ、最後のひとかけらが、遠くに雲の作った影と一緒に消えて行った。
波のない海の前、二人、淡い口づけの後、切なくて、苦いような恋心を引きずった。
愛しているとか、愛していないとか、何度言い合いをしてもまた、いつもの場所に戻っていた。答えを知っているプロセスに、お互いがお互いの気持ちを確かめているようだった。
淡い口づけをするまでの確かめ合い。やがて、彼はその時間が切なくなった。
「愛している。」
彼は、そう告げた。
「私も愛しているわ。」
彼女もそう告げた。
まるで、変えては決してならない科白の同じ台本を二人持っているようだった。
そう言ってから、唇を重ねる、二人はそれでしか気持ちを確かめる手段をなくしているようだった。
彼は、自分の気持ちの中に曖昧さが生まれてきたと思った。そして、その曖昧さが形になる前の抽象を心の中で比べた。
彼は、自分の中で感じている何かが、自分とは違う存在となり、遠くなっていると感じた。
やがて、音を立てて作り上げるように自分という存在が構造的になった。次第に感情がその構造に取り組まれ曖昧さが形に変わった。
その構造上のどこかに、自分ではない存在があるのを知った、そしてそこに彼女がいる気がした。
自分だからという理由だけで、自分の中にすべてを見出してきたけれど、彼女という存在を自分の中の構造上にない外にあることを知った。外から彼女の感情性を受け入れてきたのだと思い始めた瞬間、中にあると見せかけていたその存在は、本当は外にあると確信した。
彼は、彼女の体を離した、海を見た。光が眩しかった。遠くに自分の感情がある気がした。
海に波は消えていた。
彼は、必死に波を探した。白い色は、海の一面になかった。
風は、舞い戻ってくる気配もなかった。
彼女の目を見た。彼は、本当に愛し合っているかなと思った。外に築かれていた関係に、擦れ違いを感じた。本当に、恋してきたのかなと感じた。出会って、恋をして、一緒になって。あの時感じた感情のままなのかと疑った。余りに、単純な男と女の出会いと感情性は跡形もなかった。なんだか、複雑な感情性が錯綜していた。
そう思った時、それ以上彼女の目を見る事は出来なくなった。自分の心の中を見抜かれたくないと感じた。
白い波は見せかけのような気がした。風は、嘘を吹き込む唯一の手段のような気がした。

あの遠い日から、風は海から去り、白い波を彼方に連れ去っていた。
彼は、旅に出ようと心に決めた。
降り注ぐ光、海に風があって、白い波が揺れる、そんな海のある街に行こうと思った。

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