セビージャ

セビージャ

「セニョール、これが、最後のコップだ。」
ウェイターが、そう言って白いワインをテーブルに置いた。
「有難う。」
と、私は言った。
このレストランに着く前、何軒かの店をはしごした。
前の店からは、タパスさえ頼まなかった。
その店に着いた時、自分が酔っているとも感じなかった。
ただ、ただ、その街の人に触れ、空気に触れていたかった。
セビージャは、午前一時に近かった。
わざと、白いハウスワインを頼んだ。それが、一番今いる土地を感じられると思ったからだった。
一口、コップに口をつけた。珍しくもよく冷えていた。
手から離したコップの中、少しだけ黄色い液体を見た。
コップの中の液体が、僅かに揺れていた。
二十一歳の時、日本を旅立ち、この時までどんなに長い時間が過ぎ去ったのだろうかと思い返した。
一体、どんな時間が過ぎ去ったのだろうか、思い出しても思い出しきれない全てが、その液体の中に集約されている気がした。
「何が起きた。」
私は、心の中で自分に問いかけた。けれど、答えは見つからなかった。
レストランの中は、私一人、ウェイターは、店を掃除し始めていた。
店の外から、若者が大騒ぎして過ぎ去って行った。何も変わっていない光景のような気がした。
その時間が楽しいとか、懐かしいとかもなかった。
ただ、今、ここ、セビージャにいると。
ハイデッガー的に変換させて、
『ただ‐今‐ここ』
というのが存在的でいいなと思った。だから、長かったとか、短かったとかもなかった。
「最後のコップか。」
と心の中で思った。
ウエーターは、店を閉め始めた。暗黙の合図だと知った。
「勘定をしてくれ。」
と私は、ウエーターに告げた。
そして、その場で金額を書き込み、紙切れを私に渡した。
「有難う。」
と言い、一杯のワイン代と少しのチップを置いた。
「おやすみなさい、セニョール。」
とウエーターが告げた。
「おやすみなさい、有難う。」
店を出て、セビージャの街を歩いた。
人は少なかった、時間なんか、どうでもいいと思った。
明日、セビージャを去るという事だけがすべてだった。
ホテルに戻ろうとしたが、自分がどこにいるのかも分からなくなっていた。
見たことがある、路地なのに、どちらに行けばいいのか見当がつかなかった。
背後から、一台のタクシーが来た。
手を挙げて拾った。
タクシーに乗ってすぐ、ホテルの前に着いた。
時間にして、二、三分。
自分は、かなり酔っぱらっていると思った。

セビージャ。
夏の夜は、酔いを忘れさせる位、魅惑的で美しい。





セビージャ

「セニョール、これが、最後のコップだ。」
ウェイターが、そう言って白いワインをテーブルに置いた。
「有難う。」
と、私は言った。
このレストランに着く前、何軒かの店をはしごした。
前の店からは、タパスさえ頼まなかった。
その店に着いた時、自分が酔っているとも感じなかった。
ただ、ただ、その街の人に触れ、空気に触れていたかった。
セビージャは、午前一時に近かった。
わざと、白いハウスワインを頼んだ。それが、一番今いる土地を感じられると思ったからだった。
一口、コップに口をつけた。珍しくもよく冷えていた。
手から離したコップの中、少しだけ黄色い液体を見た。
コップの中の液体が、僅かに揺れていた。
二十一歳の時、日本を旅立ち、この時までどんなに長い時間が過ぎ去ったのだろうかと思い返した。
一体、どんな時間が過ぎ去ったのだろうか、思い出しても思い出しきれない全てが、その液体の中に集約されている気がした。
「何が起きた。」
私は、心の中で自分に問いかけた。けれど、答えは見つからなかった。
レストランの中は、私一人、ウェイターは、店を掃除し始めていた。
店の外から、若者が大騒ぎして過ぎ去って行った。何も変わっていない光景のような気がした。
その時間が楽しいとか、懐かしいとかもなかった。
ただ、今、ここ、セビージャにいると。
ハイデッガー的に変換させて、
『ただ‐今‐ここ』
というのが存在的でいいなと思った。だから、長かったとか、短かったとかもなかった。
「最後のコップか。」
と心の中で思った。
ウエーターは、店を閉め始めた。暗黙の合図だと知った。
「勘定をしてくれ。」
と私は、ウエーターに告げた。
そして、その場で金額を書き込み、紙切れを私に渡した。
「有難う。」
と言い、一杯のワイン代と少しのチップを置いた。
「おやすみなさい、セニョール。」
とウエーターが告げた。
「おやすみなさい、有難う。」
店を出て、セビージャの街を歩いた。
人は少なかった、時間なんか、どうでもいいと思った。
明日、セビージャを去るという事だけがすべてだった。
ホテルに戻ろうとしたが、自分がどこにいるのかも分からなくなっていた。
見たことがある、路地なのに、どちらに行けばいいのか見当がつかなかった。
背後から、一台のタクシーが来た。
手を挙げて拾った。
タクシーに乗ってすぐ、ホテルの前に着いた。
時間にして、二、三分。
自分は、かなり酔っぱらっていると思った。

セビージャ。
夏の夜は、酔いを忘れさせる位、魅惑的で美しい。




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