尾道

尾道

倉敷を出発し降り立ったその街には、目には見えない活気と躍動があって、その活気と躍動が真夏の光に重なっているようだった。
傷ついているはずの世相の奥に、隠しきれない動きがある気がした。
いつも通り過ぎてしまうだけで、いつか訪れてみたいと思っていた街だった。
初めて降り立った第一印象は、倉敷とは違い、決して繊細ではない、どこか粗削りで男性的な感じがした。
尾道。
海に面しているというより、瀬戸海が作った川に面しているような気がした。
尾道の海は、悲しくなる位に波がなかった。瀬戸内海が地中海に似ていると言われるのは、光のせいではなく、波のせいだと知った。
地中海を見た時に感じる、悲しくなる位の波のなさを久し振りに感じた。
けれど悲しさとは裏腹に、純粋な美を感じ取り、もし、コロナ禍がなかったら、こんなにまで内向的になって日本に目を向けていたのだろうかとさえ考えた。負の要素だけでは決してなかった、何の戸惑いを生む余地もなく、そう私は信じた。
異国からの旅行者がいない姿に、日本語しか聞こえてこない姿に、日本も本当に綺麗な場所なのだなと思わずにはいられなかった。
一通り尾道を見た後で、岡山へ戻る電車を待つ間、冷房の効いたドーナツ屋で時間を潰した。
尾道で生きる人達の声と言葉が心に響いた。
小説をもし書くなら、この街を舞台にしたいなと思った。
駅前のロータリーで人待ちをするタクシーの描写から始まり、目に見えない街の活気を描いてみたい、そう思った。
手の込んだ形容もいらない、形式にこだわる事もなく、形式から何かを導こうとすることもなく、ただ、素直に、単純に言葉を並べてみたいと思った。
大人の男と女の駆け引きもない、未来への打算も狡猾な計算さえもない、10代の恋愛の姿を借りた小説が似合いそうな気がした。
電車の時間が近づいたので、駅に向かおうと食器を片付けた。
若い女性店員が
「ありがとうございます。」
と私に告げた。
なんかいいなこの街は、と思った。
何年か前、真夜中の夏の富山で、ホテルを出てコーヒーを買いに行った。午前2時、もっと遅かったかもしれないのに、若者たちが楽しそうに外で話していた。その時に似た感情を蘇らせた。
あの時、台風が来るのに、日本海には波がなかったと思い出した。
けれど、あの時は悲しくなかった。
尾道の海には波がないから、きっと、「波のない海」という題の小説になると心に思い浮かべた。
尾道を去り行く電車の中で、長い商店街に響いていた風鈴の音を思いだした。
また、尾道を訪れる予感がした。

2022年10月6日 東京

尾道

倉敷を出発し降り立ったその街には、目には見えない活気と躍動があって、その活気と躍動が真夏の光に重なっているようだった。
傷ついているはずの世相の奥に、隠しきれない動きがある気がした。
いつも通り過ぎてしまうだけで、いつか訪れてみたいと思っていた街だった。
初めて降り立った第一印象は、倉敷とは違い、決して繊細ではない、どこか粗削りで男性的な感じがした。
尾道。
海に面しているというより、瀬戸海が作った川に面しているような気がした。
尾道の海は、悲しくなる位に波がなかった。瀬戸内海が地中海に似ていると言われるのは、光のせいではなく、波のせいだと知った。
地中海を見た時に感じる、悲しくなる位の波のなさを久し振りに感じた。
けれど悲しさとは裏腹に、純粋な美を感じ取り、もし、コロナ禍がなかったら、こんなにまで内向的になって日本に目を向けていたのだろうかとさえ考えた。負の要素だけでは決してなかった、何の戸惑いを生む余地もなく、そう私は信じた。
異国からの旅行者がいない姿に、日本語しか聞こえてこない姿に、日本も本当に綺麗な場所なのだなと思わずにはいられなかった。
一通り尾道を見た後で、岡山へ戻る電車を待つ間、冷房の効いたドーナツ屋で時間を潰した。
尾道で生きる人達の声と言葉が心に響いた。
小説をもし書くなら、この街を舞台にしたいなと思った。
駅前のロータリーで人待ちをするタクシーの描写から始まり、目に見えない街の活気を描いてみたい、そう思った。
手の込んだ形容もいらない、形式にこだわる事もなく、形式から何かを導こうとすることもなく、ただ、素直に、単純に言葉を並べてみたいと思った。
大人の男と女の駆け引きもない、未来への打算も狡猾な計算さえもない、10代の恋愛の姿を借りた小説が似合いそうな気がした。
電車の時間が近づいたので、駅に向かおうと食器を片付けた。
若い女性店員が
「ありがとうございます。」
と私に告げた。
なんかいいなこの街は、と思った。
何年か前、真夜中の夏の富山で、ホテルを出てコーヒーを買いに行った。午前2時、もっと遅かったかもしれないのに、若者たちが楽しそうに外で話していた。その時に似た感情を蘇らせた。
あの時、台風が来るのに、日本海には波がなかったと思い出した。
けれど、あの時は悲しくなかった。
尾道の海には波がないから、きっと、「波のない海」という題の小説になると心に思い浮かべた。
尾道を去り行く電車の中で、長い商店街に響いていた風鈴の音を思いだした。
また、尾道を訪れる予感がした。

2022年10月6日 東京






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